講習会と語り部

先日、DX(デジタルトランスフォーメーション)の講習会に参加した。

 

私は参加する前に必ず調べる事がある。

 

それは、「前で話す方の収入が何か?」

 

戦争の語り部の話を聞いた事があるだろうか、実際に体験した人が直接語るものだ、目と目で語り、話しの中に吸い込まれてしまう。主語、述語、接続語などがメチャクチャでも全然気にならない。それは本人が体験した一時情報を語っているからだ。

 

話はもどり、

 

先日のDX講習会の主催者の収入は三重県の税金であった、つまりコンサル事業である。

 

この時点で「話半分でいいわ」と思いながら参加した。

 

案の定、

・前編はデジタル化が進んでいるという統計資料

・中編は中小企業の低い普及率の統計資料

・後編は大企業の事例集

・最後にDXを進めて生産性を上げよう

 

見て分かるように自らは何もやっていない、そこらの資料を集めてさも先陣を切っているかのような内容だ。

 

質疑応答で何でもいいと言うので「御社の主たる収益は各種の助成金(税金)です。その仕事を獲得する為にどのようなDXを進めていますか?」

 

会場が凍り付いた。数秒の沈黙の後、大企業の事例集に話がすり替わりごまかしたようだ。

 

前に立つ人は「語り部」つまり実際に経験した者が良いという話、だが実際に苦労した人は成功している。講演会に立って少しばかりの講演料をもらうぐらいなら自らの仕事に集中する方が利益は大きいだろう。

 

講習会市場とは需給バランスが崩れているようだ、時にはサルにアドバイスを求めているようにも見える。

 

 

 

 

 

 

環境活動家

世界経済フォーラム(WEF/ダボス会議)で当時17歳の環境活動家のグレタ・トゥンベリさんが演説し世界の首脳に訴えた。

 


www.youtube.com

幼くも力強い演説は共感する面もあるが、批判をするばかりで具体的提言はない。

 

主張する内容は極端で「今すぐに化石化燃料の使用を止めろ」というものだ。つまり全ての国で経済活動をやめろと言う事だ、誰もが非現実的だと思うだろう。

 

米国のスティーブン・ムニューシン財務長官は脱化石燃料を訴える前に「大学で経済を勉強してほしい」と述べている。

 

そもそも問題を言及する人間は問題そのものを測定、分析する必要がある、自問自答は難しい、自分に対してニュートラルかつ中立な立場で物事を考察しないといけない。

それは、問題と思っている事が問題ではない場合があるからだ。

 

確かに化石化燃料は二酸化炭素を排出し地球温暖化の要因の一部になっているだろう。

 

現代の科学技術では宇宙が誕生したのは138億年前、地球が誕生したのは45億年前とされている。人類のアウストラロピテクスは0.05億年前、つまり地球の時間軸で見ると人類は0.01%ほどである。

 

地球で最も深い人口採掘は12,262m(コラ半島超深度掘削坑)対して地球の半径は6,371,000 m、つまり地球表面の0.2%

 

時間軸で0.01%、人工採掘0.2%ほどしかない技術力の人類が地球にダメージを与える影響力があるのか、又それを測定するだけの科学技術があるのかは疑問が残る。

 

リンゴの皮を剥いた程度では美味しさは分からないのと同じである。

 

環境活動家はどこの地域でもいる。

 

彼らに共通しているのは一部の側面に対して悪影響がさも問題の大部分を占め、デメリットは主張するもののメリットには口を閉ざす。そして問題を主張する先が間違っている場合が多い。

 

真に環境を重んずるのであれば自らの結論を様々な学問から検証する必要があるだろう。

 

「大学で経済を勉強してほしい」とは本当に問題解決に向かうのであれば批判ではなく英知を集め行動をとることなのではないだろうか。

 

 

 

 

当たり前と思っていた水産資源

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"Marine Traffic"を九州から沖縄にかけて見ると日本のEEZ排他的経済水域Exclusive Economic Zone)まで多くの船が押し寄せている。

中国の漁船であり、オレンジ色の船種"Fishing"からも確認できる。

中国政府も漁船の取り締まりに必死で、漁船にGPSを付けさせて監視しているようだ。

jp.reuters.com

といってもこれほど押し寄せる漁船

潮の流れや風向きで流されることもあるだろう。流された中国漁船を日本のEEZ外に誘導するための時間稼ぎではなかろうか。

 

と、それほど水産資源は価値があるということだ。

 

話は変わり、

日本沿岸は世界的に見ても最も海洋資源が豊富と言われている。

日本の常識では海があれば魚が採れると思うだろう。だが世界の常識では海があっても魚は採れない、比較的近いグアム、海岸線が日本の6倍も長いカナダの漁獲量を比較しても分かる。

 

魚が採れる条件は決まっており、日本には条件が整っている。

具体的には植物性プランクトン、動物性プランクトン、食物連鎖を経て海産物の生育に繋がっている。

 

条件とは、

・深海養分が供給される海流が近くにあること
・魚が産卵できる入り江があること
・入り江に川が流れ込んでいること
・その川の上流に森林があること

 

この条件を満たしているのが日本なのである。海産物は海だけの事ではなく、入り江、川、山、木の環境すなわち日本全体の資源でもある。

 

海を守る海上保安庁、規制で守る法規制、乱獲を防止する自主規制など秩序の上の文化であり諸外国には真似の出来ない日本固有のものである。

 

そのように思うとスーパーに当然のように並んでいる魚が有難く、美味しく感じるだろう。

 

 

 

 

 

 

本家・源流

日本の時価総額1位を誇るトヨタ自動車、現在のPBR1.1倍、株価と企業価値がほぼ同等の状態が続いている。


トヨタ自動車の大株主に目を向けると豊田自動織機が119,233万株を保有し第3位の株主となっている。


豊田自動織機は売上高2兆7千億円、一方で保有する有価証券は3兆2千億円、売上よりはるかに高い保有資産は経営上の余裕をもたらすだろう。


トヨタ自動車などから受け取る配当は823億円と事業会社でありながら資産運用会社の側面もある。

 

注目したいのは豊田自動織機のPBRが0.6倍で推移していることです。見方を変えると間接的にトヨタ自動車を40%オフで買えることになる。


これだけ見ると豊田自動織機は自ら事業を行いながら資産運用を同時に行う優秀な会社に見えるのだが、豊田自動織機の第1位の株主はトヨタ自動車だ、なーんだか1周回って帰ってきた気分だ。


株式の持合いは資本構造を複雑にしている。


豊田自動織機有価証券報告書144期>

https://www.toyota-shokki.co.jp/investors/item/144_financial_report_J.pdf

ジェンガ

 


阿児ジャのレジに並んでいると、株主優待の緑のカードをよく見る。レジに並んでいた数分の間に3,4人はいただろう。
個人株主が多いのだろうと調べてみると、確かに多い。2位のセブン&アイとは両極端の財務戦略が見えてきた。
一言で表すと
イオン:危なっかし経営
セブン&アイ:誠実経営
株主優待で買われる高い株価(PER86倍)
低い経営効率(ROE0.7%)
たこ足配当(7円利益に対して配当36円)
借入に頼る低い自己資本(8.2%)
ジェンガのようなイオン、ピラミッドのようなセブン&アイ、倒れやすいのはどちらだろう。

後発成長企業

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二軒茶屋餅をおやつにいただきました。

伊勢の3大餅と言われる赤福、へんば、二軒茶屋、創業が一番古いのは二軒茶屋のようで445年前(1575年)だそうです。

現代において知名度の高い赤福は313年前(1707年)、その132年前から二軒茶屋は販売していたのは驚きです。

そう考えると赤福は後発組にも関わらず「伊勢神宮=赤福」といってもいいほどの知名度まで上り詰めた後発成長型企業ともいえます。

現代でも後発だからと諦めず、やり方しだいで赤福のようにグゥーんと伸びる可能性があると思いながらいただきました。

美味しかったです。

検温から見る「実体的正義」

こないだ、子供をB&Gのプールに連れて行った。職員の方は入館する人、一人残らず検温チェックに必死のようだ。

支所でも「〇〇℃以上の方は入場ご遠慮願います」と掲示してあるのを見ると少し残念な気持ちになる。それは支所の特性上、そこでしか出来ない手続きだからだ。

民間企業や飲食店などは代替手段が可能だが、行政手続きは隣町の支所では出来ない。

施設を運営する者は「施設管理権」で写真撮影禁止や常連苦情顧客の排除などが出来る。

もちろん体温による入場はご遠慮というのも可能だ。遠慮と優しく表現されているが事実的には禁止であろう。

数字を用いてラインを引くのは一見、科学的知見のようにも感じるが、日新医学のデータによると日本人の体温、73%の人は36.89℃±0.34℃の範囲でかつ約2%の人が37.5℃以上となっている。

月経周期による変動幅は0.5℃、1日の体温幅は1℃などを考慮すると、一律に入場をご遠慮するのは乱暴な話だろうと思う。

このデータを真に受けると支所に来た方の2%超が行政手続きが出来ない事になる。毎日膨大な手続きがあるわけで一人や二人ではないだろう10人、20人と多いはずだ。

では柔軟に対応してくれるのだろうか?「体温が高い方はお声かけ下さい」とオプションの掲示は無い、となると検温に至ったプロセスは正しいかと疑問が出てくる。

そう思うのは私だけやろか?...

体温による一律の入場規制は「実体的正義」=「結果の正しさ」に重点が置かれているようだ、結果とは厚労省の示すガイドラインなどからであろう。

まず、

・強制検温するのが正しいか
・37.5℃が正しいか

という議論があるはずだ。お上が示しているのだから、そらぁするのが当たり前でしょ!と考えてしまうとその時点で思考が停止してしまう。

社会には様々な人がいる。「公共性」「公平性」「自由」という観点から意見の相違があって当然だ、たとえ非科学的な理由であってもお互いを理解しあう寛容さが必要だろう。

「正しい派」と「正しくない派」の意見が出尽くすまで時間を決めて議論が必要だろう、ここで重要なのは最終決定者はどちら側にも付かず議論を聞くことだ。

7:3や5:5といった雰囲気は伝わってくるものだろう。

5:5ともなれば「実体的正義」(結果の正しさ)よりも「手続き的正義」(結果へのプロセスの正当性)の方が信頼性は高い、それは異なる意見が議論した結果という基礎があるからだ。

民衆の思いは多様な人物によって構成されている。反対意見や非科学的な意見、感情的なもの。それら全てが和になり社会を構成している。和の中心に答えを求めるのは民主主義のやり方だ。

「手続的正義」においては仮に判断ミスをしたとしても責任を追求される事は少ないだろう、それは異なる意見が議論した結果に基づいて判断した結果だからだ。(責任を逃れるという意味ではない)

と、

うんちくばかり並べたが、「今日の体調はいかがですか?」と声かけするのが一番良い方法だと感じた。

税務申告のように相手の申告が正しいという税務署の考え方に似ている。