OEM vs メーカー:新たな競争構図
最近、子供服業界で異変を感じている。
OEM会社(相手先ブランド製造)が自らブランドを立ち上げ、小売りを始めている。
ランキングにはOEM会社とメーカーが入り乱れてランクインしている。
OEM会社からすると、お客様のお客様を取りに行き、メーカーからすると発注先のOEM会社にお客様を取られている構図となる。
OEM会社はメーカーから受注する際、デザイン、価格、数量などのデータを持っている。そして自らのブランドで販売する商品は同じようなテイストでコピーしたようなものが多い。
メーカーからするとOEMに発注するまでに手間もコストもかけて市場調査、デザイン、価格、数量を決めている。ある大手は0.1円単位で原価を計算している記事を見た。
他人のふんどしで相撲を取る。(他人のものを利用して自分の利益をとる)そのようなOEM会社に発注するだろうか?私ならしない。
小売という業態は「売り方」を探求し続ける業種だと思う。同じような商品がありふれる成熟しきった市場では「売り方9割」といわれるように伝え方や顧客が求めている物を探し続ける。それが商売の骨格であり他社がマネできない知的財産だと思う。
日本の商習慣では一定の壁がある。超える、超えないは自由だが、OEM会社のように本業のお客様を失うリスクを取りながら小売りをするのであればそれなりの覚悟が必要だろう。コピーした商品を売れば売るほど、本業のお客様から逃げられ自らマーケットを探すノウハウも無く、何も残らない状態になるだろう。
事業の多角化はどうしても既存事業の延長線上で考えてしまう、それが自分の首を絞めている状態に気づく事も少なくない。ダスキンがミスタードーナツ、シマノが変速機と釣具のように全く違う分野で多角化するのが良いのかもしれない。
私も多角化するのであれば知識ゼロ領域で事業を始めてみたい。
販売を不要にするには
ドラッカーは製品を顧客に合わせ、おのずと売れるようにする事が本当のマーケティングだと説いている。
雨の日に傘が売れる。暑い日にアイスが売れる。雪が降ればスコップが売れる。
小売りというのは、小さく売る。言葉の通り。手間のかかる業種だ。1個の単価は低くとも顧客との接点を持っている。
最大の強みは消費者の感じている事が分かる。そのデータを活かせば業績は向上し、殺せば低迷する。
アップル、ユニクロなど、一番面倒な小売りを自ら行うのはそ、それがデータの宝庫で製品開発に必要からだろう。
世間を見るとマーケティングというカッコいい言葉は宣伝費をかけ、インフルエンサーに拡散させて商品を販売する手法が多く見受けられる。いずれも一時的なもので継続していくのは費用対効果は得られないだろう。
顧客の小さな声をデータ化して、何を売るかを決める。おのずと売れる商品でポートフォリオを満たし、マーケティングが不要とう本当のマーケティングを目指す。
ものさし
あらゆるものが世界の基準で評価される。国別に順位を付けて優劣をつけている。WFEのジェンダーギャップ指数を見ると日本は118位でかなり低いらしい。
ソースを見ると1が完全平等で
教育0.993(72位)
健康寿命0.973(58位)
政治参加0.118(113位)
経済参加0.568(120位)
教育と健康寿命に関しては1に近く、ほぼ男女平等見てもいいだろう。良い教育を受け健康である。女性からすると政治にしても働くにしても選択できる自由があり、その権利を行使した結果だと感じる。教育に関してはほぼ平等で知識を蓄え大人になり合理的に判断した結果だろう。つまり、政治に参加せず、旦那の扶養で生きるのがコスパもタイパもよい。
試しに、嫁さんや妹、オカンなど女性に男女不平等だと感じているかと聞いてみた。だがそれほど感じていないどころかジェンダーギャップに興味すらない。
和の中心を生きる日本人にとって世界基準のものさしは必要ない気がする。「うちはうち、よそはよそ」でよいではないだろうか。
引き算経営
日本企業の多くは「足し算経営」は得意で、「引き算経営」は苦手だ。企業にとどまらず人間のアルゴリズムは何かを足し続けるように設計されているように思う。
帝国データバンクの倒産情報を見ると、「2011年には売上高25億、しかし2019年には17億円までダウン」このような内容が大半だ、17億円も売上があるじゃないかと感じる。どのような会社も成長途中の17億円はイケイケだが、下降途中の17億円には弱い、市場のトレンドや消費動向というのは長期間で波がある。いい時も、悪い時もある。逆に考えると、いい時の後には悪い時が来る。そのように考えるのが道理だろう。
超長期で経営するには、時には足し算、時には引き算の思考の切り替えが必要だと思う、おそらく人間の脳は足すことを前提に設計されているので、意識的に引く事を考えるようにしないといけない。経営者にとって引くとは後退、ネガティブなイメージを持たれるかもしれないが、長期でみれば評価されるはずだろう。
売上が減少したとしても、上昇期の固定費、変動費にすればよいだけだ。いたってシンプルな引き算だ。
同じような事が、人口減少だろう、日本の人口は西暦800年ごろから一貫して上昇し続けていいる。上げ続けるということは、いつかは下がる。人間の寿命は長くて100年、この短い期間での問題意識は近視眼的な発想になっている気がする。AIのように年齢の概念を持たない者のアドバイスの方が的を得ているのではないだろうか。
おそらく、AIは現在の人口、1.25億人は1991年とほぼ同じだ。日本の固定費、変動費を同年レベルまで下げないさいとアドバイスするだろう。
人口の問題と対峙しているのは多くの場合政治家だ。彼らの多くは足し算の思考だ、固定費や変動費の削減が本当に効果があったとしても票にはならない。だから意地で維持で公共施設は手放さない。マイナスに効果があったとしてもプラスでいないといけない苦しい立場だ。
売上にしろ、人口にしろ、減少は問題ではないように感じる。それより減少に対して耐性が弱い人間なのかもしれない。
失敗の科学
ここ数日、失敗の科学(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を読んでいた。そのさなか航空機事故が続く、航空機業界は失敗から学び同じ事故が二度と起こらないように仕組みが出来ている。そのおかげで事故率は0.0009%、438年間毎日搭乗して1度の確率といわれている。
一方で医療業界は失敗から学ぶ仕組みが整っていない。医師の責任に押し付けられ、病院からは切り捨てられる。航空機業界の人からみると、毎日ジェット機が墜落しているのと同じだそうだ。医師が悪いという事ではなく、業界の仕組みが整っていない。
飛行機には必ずブラックボックス、操縦士と副操縦士の会話や、管制官との交信エンジン回転数、飛行高度・速度、機体の姿勢、などを記録する装置が備わっている。失敗から学ぶ最強のツールだ。
あるデータでは医療施設の9割がブラックボックスのような記録を取っていないという、施術時の会話や、機材の記録など、悪い意味での属人化ブラックボックスとなっているようだ。
年末に起きた飛行機事故は調査され二度と起こらないようになるだろう、一方で毎日ジェット機が墜落しているに等しい人が医療事故で命を失っている。異なる業界の天と地ほどの乖離が埋まる事を願っている。
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今年は思うように売上が伸びなかった。
残念に思う反面、来年の税負担は少なくなりそうだ。そう考えると少しは気が楽になる。
ECショップを始めて10年が経ち、改めて物を売るのは難しいと感じた年でもあった。個人事業主の10年生存率は10%、裏を返せば90%が廃業してる状況でよくここまで頑張ったと思う。毎日なにかを意思決定をし、トライアンドエラーを繰り返している。最近の思考は、赤福の社長ならどう判断するだろう?赤福でなくても長寿企業の社長なら、という意味だ。
最近も、メーカーから安くするので全量引き取ってほしいと提案があったが断った。安い分、目先の利益は確実に上がるが、そんなオイシイ話が年中あるわけではない。それより経営の骨格ともいえるマーケットイン、顧客が必要とするモノへの分析精度を高める方が重要だ。ただの利益より、分析に裏打ちされた利益の方が重要だと感じるようになった。
とある飲食店のSNSを見た。積極的に情報発信してるお店だった。だがフォロワーを見ると同業が多い、半分ぐらいだろうか。つまり同業他社に手の内を見せている。集客は重要だがわざわざライバルに見せる事はないだろう。これがSNSを活用する難しさだろうと思う。
その事に早めに気づいた私はお店に関しては一切情報発信はしていない。SNS全盛期にあって時代に逆行するかのように感じる。だがSNSで認知され、売り買いされる物はそう多くないと感じている。おそらくGDP比だと微々たる物だろう。
今の集客手法は一言でいうと「結局ここに行き着きました」、誰でも経験があるかと思うが、ガソリンはこの店、お米はこの店、洗剤は...などと比較検討した結果、その店に行き着く商品があるはずだ。
お客さんが自ら探して買ってくれるのだから集客は不要だしSNSで露出する必要もない。そのような商品を見つけ出すには思考回路が逆になる。日本の教育では「この式を解きなさい」と出題されるが、100になる計算式を組み立てる。簡単じゃないかと思うが、天候、温度、流行り、取引先などの要素を式の途中に組み込み複雑な計算式になる。
企業が戦略を導入すると90%失敗に終わる。理由は一つの要素のみ注力し他の要素に注意を払わないのが原因らしい、マッキンゼーの7sから見えてくるのは場当たり的な戦略ではなく関連する要素に注意を払う事が重要だという事だろう。一つの判断は相互に関連している。その事を考えながら課題を解決するのが最近のやり方だ。
https://tompeters.com/docs/Structure_Is_Not_Organization.pdf
忘年会
久しぶりに忘年会に参加しました。
最近の若者は忘年会など酒の席は嫌がるらしい。私は好きな方だ。だが「カンパーイ!」と同時に終了だと思っている。今日も開始2時間ほどで帰った。
一通り料理を食べたら「お先に失礼します!」とサクッと帰る。会社の忘年会、新年会、歓送迎会などもそうしてきた。
カラオケが始まったらやかましく会話ができなくなる。酒も周り、自慢話・武勇伝・愚痴がループし始める頃にはもう終了している。
酒の席は超割り切っている。参加した事実と、カンパーイまでの会話が9割だと思っている。それ以上に得るものはない。二次会などは全くないと言える。
私は、飲まない、吸わない、ギャンブルしない。よく何が楽しみで生きとるの?と聞かれる。だが、普段の生活でストレスや我慢をしていないせいか一時の快楽を欲する事はない。逆に感じるのはそのような物で生き甲斐と感じるのは普段よほど何かを我慢しているのだと思う。
実を言うと会席の料理は美味しいが食べた気がしない。サクッと帰ったその足ですき屋で牛丼を食べて帰宅した事を思い出す。
会社員時代によく幹事を任された。その理由は私が幹事をすると参加率が高い。業績を評価するように酒の席でも数字を意識する所が会社らしい。
参加率を高くする経験は極意はたった2つだと思っている。1.酒飲む人と飲まない人とは会費別、2.帰りたい人は帰らす。これだけ
帰りたそうにしている新人の意見を聞いて帰らせた。なぜか私が幹事をすると参加率は高くなり、二次会イケイケ系の人が幹事をすると参加率が下がる。私は気が付いていた。まず、幹事が誰か尋ねられる。それから参加するか決める。
それでも参加しないよりは良いと思う。今も昔も帰るやつ認定を受けると意外と楽だ。なんの遠慮もなくサクッと帰る。そんなヤツも居てもいいじゃないか。